ニセ科学が現場でどのように運用されているか?

ニセ科学の話題を見かけるにつけ、思い出すのは小中時代に通っていた学習塾*1。当時、私は地元で評判だった個人の小さな学習塾に通っていたのですが、ここがだんだんとニセ科学、当時流行っていた右脳活性化にのめり込んでいったのです。
今回は、その時の記憶をほじくり返して、私の青き日々を語ってみたいと思います。

初めは問題はなかった

私がその学習塾に通いはじめたころは、右脳活性化のための時間は初めの5分、ゆったりとした音楽を聞かされながら瞑想みたいなことをさせられる程度でした。これはカセットテープに録音して自宅学習を行う際にも聞くように言われていました。
最近知ったのですが、このテープの内容は「自律訓練法」と呼ばれる、リラックスするための自己睡眠法のもので、普通にリラックス出来てしまい、勉強にも集中できるわけです。
しかし私が中学校に上がった頃、一気にエスカレートするのでした。

水の処方

右脳学会だとか水学会とかに講師がのめり込むにつけ、学習塾は様変わりしていきました。それまで一斉授業形式だったものが、個別学習形式に切り替えられ、必要に応じて様々な「活性化」を各個人に行われました。
まず、個別処方の水。個別学習に切り替わったため、単元を終えるごとに講師の元に行き、理解度チェックを受けます。そのとき進捗が悪いと「集中できていないのかな?」と言われ、水を処方されるのです。
この水は波動コピー機によって、各個人の波動を転写したものです。その技術は「水にありがとう というと、結晶がきれいになる」という特性を利用したものだそうで、お値段は30万円也。見た目は安いIH調理器のようで、円盤が左右二つ並んでいます。片方に手を乗せてもう片方に紙コップに入れた水を置き、スイッチを入れると、円盤の周りに配置された緑色LEDがペカペカと光ります。そうして30秒ほどで波動をコピーしてくれる優れものです。
風邪を引いたときなど、体調が悪い時にも先生はこれを薬代わりに飲ませます。「私、この水を飲みはじめてから滅多に体調崩さなくなったわ」と笑顔で語る先生は、昔から体が丈夫なことで有名でした。

右脳の可能性

そして、右脳万能論を先生は毎日のように語っていました。曰く「脳は3%しか使われていない」曰く「ほとんど使われていないけど、右脳は凄いスペックである*2」と。
当時、「じゃあ脳内出血しても問題ないんですか?」とか「左脳使い慣れてるんだから、左脳の残り9割活性化させるだけでもいいんじゃないですか?」みたいなことを言いたくてウズウズしていたのですが、下手なことを言うと親ともども呼び出しを食らって、「この子が真面目に授業を受けないから他の子にも迷惑だ。家庭環境に問題があるのではないか」と一方的に非難されてしまう訳ですから、私は黙る他ありませんでした。
そんなこんなで、初めのうちは5分程度だった右脳活性化リラックスタイムは10分にのばされ、テープも改良されていきました。そして、波動コピー機で作った水を飲んだ私たちは、何でも覚えられる無敵マリオ状態になっているらしかったです。
その状態で行う個別学習は至ってシンプル。単元ごとのプリントを丸暗記するだけなのでした。ただ、これがクセモノで、「一字一句間違えず、飾り枠すらも覚えること」「紙に書いて覚えることの禁止」が条件でした。
何故この二つの条件が付けられているのかと言うと、右脳の「一瞬で物事を写真を撮ったように覚える能力」を伸ばすためだそうで。体を動かして覚えたり、関係ないからといって細かい部分を無視してしまうと、この能力を育てることの邪魔になるからだそうで。
ひたすらジッと見つめる授業時間。覚えたと思ったら先生に単元の要点まとめプリントを先生に預け、覚えているかチェックを受けます。真っ白な紙に単元の要点プリントを再現していくのです。一字でも間違えたら最後、もう一度覚えなおしです。余りに何度も行くと、波動コピー機送りされるので頑張ります*3

行われた運用

勿論、上のようなことがすぐ出来る訳がないので、先生の目を盗んでノートを持ち込み、書いて書いて覚えます。時には「覚えているかチェック」中の単元プリントを「たまたま」隣の席の人が私の肘の横に置いて、それが目に入ってしまったことも幾度かありました。
……まあ、口頭チェックがあるので、文章や解説文は基本的に全て何らかの手段で丸暗記するしかなかった訳ですが。
先生が怖くて、(個別学習なので)自分の進度が送れるのが怖くて、家庭学習では学校の予習と塾の予習の二つを同時に行うという謎の自体に陥ったりして、酷くストレスが溜まった記憶があります。

結果的に

高校受験に差し掛かり、このままでは流石にアカンと思い、塾をやめる決心をしました。辞める際には、親同伴の懇談を要求されましたが、「家庭の金銭的な問題」ということにして、両親ともに仕事で懇談に出られないから、ということにして、講師と一対一の個別懇談を幾度か行ないました。
それでも講師は諦められないようで、家にも電話が掛かってきたらしいですが、きちんと親と口裏を合わせてなんとか、塾を辞めることができたのです!

その後、破竹の勢いでシェアを伸ばしていた学習塾に行って、教えてもらえる事の感動を覚えたりする涙の物語が有ったりするわけですが、そこはもう偽科学関係ないので省略します。

その後は、生徒激減のために廃業、七○チャイルドアカデミーという幼児教室を開いていたそうですが、今は知りません。

最後に

私がニセ科学が大嫌いというかアレルギーに近いのは上のような経緯があったためです。信じている人を怒らせることもトラウマになってて非常に怖いので、余りニセ科学は話題にしてきませんでしたが……そろそろ吐き出してみるか、と。
身近に潜むニセ科学の恐怖、皆さんもお気をつけ下さいね……!

ちなみに、かの有名な「水からの伝言」は、まるでバイブルのように扱われてました。

*1:10年ほど前

*2:絵が描かれたカードの束を一回見ただけで覚えてしまう女の子のビデオとか見せられ、その訓練を毎日行うようように課題が出されたりもしました

*3:あの機械に座って波動水を作るのは、地味に晒しあげみたいで恥ずかしかったのです